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東根市・土田正剛市長の死去 悼む声 市政の発展 政界で存在感も

4月16日に亡くなった東根市の土田正剛市長。

数々の功績を残した“県政界の重鎮”の訃報に、多くの県民や関係者から惜しむ声が上がっています。

「突然の訃報から4日が経ちました。東根市役所には記帳所が設けられ市長への感謝を伝える人の姿も見られます」

訃報が届いた翌日の4月17日に設置された記帳所。

20日も多くの市民が足を運んでいました。

「市民のためにものすごく頑張ってくれた人。とても残念。もう少し頑張ってほしかった」

「『長いことご苦労様でした』しかない。先を見る目があった。さくらんぼ東根駅前の開発も山形空港の整備も。惜しい人を亡くした」

「遺影を見ると涙が出てくる。今の市長があるからこそ今の東根市がある。市長、ありがとうございました!」

4月18日に開かれた自民党県連の会議。

〝ミスター自民党〟とも言われた土田市長の死を悼み、黙とうが捧げられました。

党の関係者は、「偉大な政治的リーダーだった」と振り返ります。

【自民県連 鈴木憲和会長】
「若手の政治家、特に国会議員に対しては国でしか出来ない仕事をしっかりとしてこいという話を何度もいただいた。行政で乗り越えられない壁を乗り越えるのが政治の役割だということを土田市長から教わった」

【自民党県連 伊藤重成幹事長】
「いろいろなことを見通せる方だったと思う(土田市長の)一挙手一投足を見ながら自然と自分に身に付けていったと感じている」

土田さんは、衆議院議員の秘書を経て1979年の県議選で初当選。

4回連続で当選し、自民党の県連幹事長など、要職を歴任しました。

そして、1993年には県知事選挙に立候補しましたが、高橋和雄さんに敗れていました。

「東根のかじ取り非常に難しいわけではありますが、渾身の努力をさせていただきたい」

その後、東根市長選挙に転進した土田さんは、1998年の初当選以降、7回連続で当選し、現在まで28年にわたって市長を務めました。

1999年には山形新幹線の新庄延伸に合わせて「JRさくらんぼ東根駅」を開業。サクランボにこだわったまちづくりを進めました。

また、子育て支援や教育環境の整備にも力を入れ、2016年には県内初の中高一貫校「東桜学館」の開校も実現しました。

こうした市政の発展だけでなく、土田さんは政界の中でも大きな存在感を示しました。

「私はミスター自民党でありますしかし知事選に関しては私は吉村党であります」

25年の知事選では、それまで非自民勢力が推していた吉村知事の支援に回り関係者を驚かせるなど、大きな影響力をみせました。

その吉村知事は、先の定例会見で土田市長の功績をたたえるとともに、「自分の信念を貫いた人だった」と振り返りました。

「筋金入りの自民党の重鎮ではあるけれどしっかりと自分の信念をお持ちの方だったと思っている」

東根市役所の記帳台は21日午後5時まで設置され、20日までにおよそ690人の署名が寄せられました。

市は後日、「お別れの会」を執り行う予定だということです。